東京地方裁判所 平成2年(行ウ)217号 判決 1991年5月28日
原告 日本信光産商株式会社
右代表者代表取締役 青柳和吉
右訴訟代理人弁護士 平岡高志
同 渡辺正昭
被告 東京都大田都税事務所長 田上充元
右指定代理人 金岡昭
<ほか一名>
主文
一 被告が平成元年九月一日付けで原告に対してした不動産取得税賦課決定を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、不動産の取得をしたとして不動産取得税の賦課決定を受けた原告が、右取得の事実はなかったとして右賦課決定の取消しを求めている事案である。
一 当事者間に争いがない事実
1 東京都大田区《番地省略》の宅地四三一・九九平方メートルと同土地上の鉄筋コンクリート造陸屋根五階建共同住宅一棟(以下、右の土地及び建物を併せて「本件不動産」という。)はもと原告の所有であったが、これらについて、昭和四六年一一月一〇日付けで原告から川口金属工業株式会社(以下「川口金属工業」という。)に対して代物弁済を原因とする所有権移転登記(以下「本件移転登記」という。)がなされたうえ、平成元年三月三〇日付けで錯誤を理由として右所有権移転登記の抹消登記(以下「本件抹消登記」という。)がなされている。
2 被告は、平成元年九月一日、原告は右抹消登記がなされた平成元年三月三〇日に本件不動産の所有権を川口金属工業から取得したものであるとして、前記土地について一六五万八七〇〇円、前記建物について六九万八五〇〇円の各不動産取得税の賦課決定を行った。
二 争点
1 被告は、原告は平成元年三月三〇日に本件不動産を取得したものであるとして、次のとおり主張している。
(一) 原告は、昭和四六年一一月一一日、代物弁済又は譲渡担保として、川口金属工業に対して本件不動産を譲渡し、本件移転登記を行なっていたものである。その後、右契約を解除して、平成元年三月三〇日付けで川口金属工業から再び本件不動産の所有権の移転を受け、本件抹消登記を行ったものであるから、原告が右同日に本件不動産の所有権を取得したことは明らかである。
(二) 仮に、原告の主張するとおり、本件移転登記が通謀虚偽表示によるものであったとしても、虚偽表示によって他人名義になっている不動産の所有名義を合意によって旧に復する行為も売買契約の合意解除の場合と同様、地方税法七三条の二第一項所定の「不動産の取得」に当たるものと解べきである。
更に、右のように不動産登記制度を利用してその所有名義を冒用した者は、信義則に照らしても、その結果生ずる税法上の不利益を甘受すべきであり、この点からしても、原告は本件不動産取得税の納税義務を免れないものというべきである。
2 これに対し、原告は、次のとおり主張している。
不動産取得税は、いわゆる流通税であるから、所有権の移転が存在しないところに不動産取得税を課することは許されない。
本件移転登記は、当時、原告が手形を詐取されたため、本件不動産に対する手形債権者の追求を逃れる目的で、当時の原告代表者の実父が経営する川口金属工業にその所有権を譲渡したように仮装するため行ったものであり、また、本件抹消登記は、その後にこのような仮装状態を継続しておく必要がなくなったので、本件不動産を本来の権利関係のとおり原告の所有名義に戻すため、錯誤を理由として行ったものである。このように、本件不動産は、登記上の所有名義にかかわらず、一貫して原告の所有にあったものであり、被告主張のように平成元年三月になって原告が再びその所有権を取得したものではない。
3 したがって、本件の争点は、まず、本件不動産の所有権が一貫して原告にあったのか、それとも、譲渡担保等としていったん川口金属工業に移転した後、本件抹消登記のときに再度原告に移転したものかの点にあり(争点①)、次に、虚偽表示による所有権移転登記がなされた不動産について、後にこれを本来の所有者の名義に復するための抹消登記がなされた場合にも、地方税法七三条の二第一項の不動産の取得があったものといえるか否かの点にある(争点②)。
第三争点に対する判断
一 本件不動産の所有権が一貫して原告にあったのか、それとも、譲渡担保等としていったん川口金属工業に移転した後、本件抹消登記のときに再度原告に移転したものかの点(争点①)について
1 本件不動産については、登記簿上、昭和四六年一一月一一日付けで川口金属工業のために代物弁済を原因とする本件移転登記がなされているだけでなく、《証拠省略》によれば、右移転登記に際しては原告の負担において不動産取得税が現に納付されていることが認められ、川口金属工業作成の原告宛の証明書にも、本件不動産について「甲(原告)に対する貸金の担保として所有権移転登記を行った」とする記載があり、また、証人岡田武雄は、本件移転登記が行われた昭和四六年一一月当時、原告は川口金属工業に対して約三〇〇〇万円の債務を負担しており、右債務が完済されたのは昭和六三年ころになってからのことであると証言しているところである。更に、右登記が抹消されたのが、登記後一七年以上も経過してからのことであることなどの事情が認められることからすれば、本件移転登記が、被告の主張するとおり、原告の川口金属工業に対する債務についての譲渡担保契約に基づいてなされたものではないかということが強く疑われるところである。
2 しかし、川口金属工業は、右昭和四六年当時、原告の代表者であった青柳光子の実父鈴木信次が経営する同族会社であり(右の事実は、《証拠省略》によって認められる。)、当時の川口金属工業の経理事務の担当者であった証人岡田武雄は、本件移転登記の経緯について、当時原告が手形を詐取されたため、その手形債権者の取立てを免れるために、原告代表者の実父が経営する川口金属工業に本件不動産の所有名義だけを移転することとしたものであり、実際に譲渡担保等の権利の設定や移転を行ったものではないと証言し、前記の証明書の記載については、これは同証人が作成したものであるが、もともと原告の手形債権者らに対して本件不動産は川口金属工業が原告に対する貸金の担保として取得したと説明していた関係から、右証明書においても前記のような表現をしたまでであって、その実体が貸金の担保であったという趣旨で記載したものではないと証言している。また、原告代表者も、その本人尋問において、本件移転登記がなされた経緯についてこれと同趣旨の供述をし、本件不動産の登記名義が長期間にわたって川口金属工業の所有名義のままに放置されていたのは、川口金属工業が原告代表者の親族の経営に係る会社であり、原告として登記名義の返還を求めなければならないような差し迫った事情がなかったからにすぎないと供述している。
3 ところで、不動産取得税の課税要件である不動産所有権の取得の事実については、課税庁である被告の側にその立証責任があることはいうまでもないところである。
本件においては、本件移転登記の原因として譲渡担保の合意が有ったものではないかと疑われる節のあることは前記のとおりであるが、他方、右の証人岡田武雄及び原告代表者の各供述も、本件移転登記が行われた当時の原告及び川口金属工業の各代表者が実の親子関係であることも考え併せると、一概に不自然なものとしてその信用性を否定することも困難なものと考えられる。そうすると、他に右の各供述を排斥するに足る証拠のない本件の証拠関係の下では、本件移転登記が譲渡担保の合意に基づいてなされたものと認めることにはなお疑問の余地があり、したがって、原告が本件抹消登記の時点で新たに本件不動産の所有権を取得したとすることにもなお疑問の余地があるものとせざるを得ない。
二 虚偽表示による所有権移転登記がなされた不動産について、後にこれを本来の所有者の名義に復するための抹消登記がなされたときに、地方税法七三条の二第一項の不動産の取得があったものといえるか否か(争点②)について
1 被告は、本件移転登記が虚偽表示によるものであり、本件抹消登記がこれを旧に復するために行われたものであったとしても、売買契約の合意解除の場合と同様、原告は、本件抹消登記のときに本件不動産を取得したものというべきこととなると主張している。
しかし、不動産取得税は、原告も主張するとおりいわゆる流通税の性質を有するものであって、不動産所有権の取得の事実自体を課税客体として課されるものである。ところで、真実は所有権移転の事実がないのに登記簿上所有権が移転したような登記がなされ、その後に錯誤を理由として右所有権移転登記が抹消された場合には、右の課税客体たる不動産所有権の取得の事実が存在しないこととなることはいうまでもないから、この場合には不動産取得税を賦課することは許されないものといわなければならない。被告の主張する売買契約の合意解除の場合は、真実いったん他に移転した所有権が再度旧に復するという場合であるから、本件のように、通謀虚偽表示によって単に所有権の移転があったかのような外形が作出されたに過ぎない場合をこれと同視することができないことは、いうまでもないところである。
2 更に、被告は、本件のように、債権者の強制執行を免れるために自己所有の財産を隠匿するという違法な目的で不動産の所有名義を冒用した者は、信義則に照らしても、その結果生ずる税法上の不利益を甘受すべきであると主張する。しかし、法律によって定められた課税要件が存在しない場合について、信義則等を理由に課税処分を行うことが、租税法律主義に反し許されないことはいうまでもないところである。したがって、被告の右の主張は、到底採用できないものというべきである。
3 結局、この点に関する被告の主張は、いずれも採用することができない。
三 結語
以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるから、被告のした本件不動産取得税賦課決定を取り消すこととする。
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 近田正晴)